総義歯の咬合様式の用語について少し解説します。
総義歯の咬合は大きく分けて「バイラテラルバランスドオクルージョン(両側性平衡咬合)」と「ノンバランスドオクルージョン(片側性平衡咬合)」があります。
ここでいう「バランス」とは前方運動においては前歯と臼歯が、側方運動においては作業側と非作業側の歯が同時に接触することを指します。このとき非作業側に生じる咬合接触を「(クロスアーチ)バランシングコンタクト」と言います。この「バランシングコンタクト」が偏心運動時に義歯を安定化させ、義歯の離脱や動揺を防ぐと言われています。
で、このバイラテラルかどうかと、フルバランスなのかリンガライズドなのかは分けて考える必要があります。
つまりこの総義歯の咬合様式は?と聞かれて、
「両側性平衡咬合です」と答えては「クロスアーチバランシングコンタクトを付与します」と言っているだけで、全然答えになっていないわけです。
なので、正確には「リンガライズドバイラテラルバランスドオクルージョン」、「fully anatomical cross tooth cross arch bilateral balanced
occlusion=日本でいうフルバランス」みたいに言わなきゃなりません。この辺は論文でも呼称が統一されていないのでちょっとややこしいです。あるいは「バイラテラル」なのは当たり前として、アメリカでは単に「リンガライズド」とか「クロストーゥスクロスアーチ(アメリカではフルバランスって言わないんです)」とか言ったりします。
リンガライズドとフルバランスは嵌合位での咬合接触状態に大きな違いがあります。下図の右側がリンガライズド、左側がフルバランスです。
嵌合位において舌側咬頭が下顎の窩底に点接触で噛みこんでいくのがリンガライズです。フルバランスは斜面と斜面での接触になります。天然歯のようにABCコンタクトをつけるようなイメージで斜面を嵌合させます。
さて、リンガライズドとフルバランスは嵌合位の咬合接触状態のみならず、偏心時の咬合接触状態にも大きな違いがあります。
リンガライズドにはクロスアーチバランシングコンタクトしかないです。フルバランスにはクロストゥースバランシングコンタクトと、クロスアーチバランシングコンタクトの両者があります。なので「フル」バランスと日本では呼ばれるのでしょうか。この辺は文字ではちょっとややこしいので下図をよく見てみてください。
また、アメリカではリンガライズドをやるときとフルバランスをやるときとで人工歯を使い分けます。リンガライズドの場合、上顎は舌側咬頭が強調され、下顎がやや咬頭傾斜がゆるいものを使うので「semi
anatomical(半解剖学的人工歯)」、フルバランスの場合は解剖学的人工歯を使うので「fully anatomical」と区別して呼ばれます。
で、「ノンバランス」は通常アメリカでは「無咬頭歯」とそれを使った「モノプレーンオクルージョン」と関連付けられています。無咬頭歯では、咬頭も窩もないため、偏心運動時にはクリステンセン現象によって臼歯部の離開が起きてしまいます。つまり「バランシングコンタクトがない」のです。
まとめますとアメリカでは
バランスドオクルージョン→ リンガライズ(semi anatomical) / フルバランス(fully anatomical)
ノンバランスドオクルージョン→ モノプレーン (non anatomical)
というイメージ。ところが日本では、半調節性咬合器は使わないし、クリニカルリマウントもしないものだから、リンガライズドやフルバランスなのに偏心運動時に臼歯が離開しているという事態が起こってきます。つまり、「リンガライズドノンバランスドオクルージョン」です。僕の師匠の小林先生も「おれの総義歯は気づいたら犬歯誘導になってるときがある」と時々言っています(そのくらい吸着のいい義歯をつくっているから問題ない、という意味)。
で、先の投稿で医科歯科が「モノプレーン」だと言ったのは、「モノプレーン様に調節湾曲をつけず、平らな平面状に歯を配列する」という意味で使いました。厳密な意味での「モノプレーンオクルージョン」ではありませんので、誤解のなきようお願いします。
引用写真
1枚目の図:http://www.jcpds.jp/study/ より引用
2枚目の図 : 小林賢一著「支台歯形成と咬合の基本」より引用