中心位の性質 ①


ここで一度、中心位の定義を確認しておきたいと思います。

 

中心位は、下顎頭が関節円板を介して、関節結節に対して前上方に位置しているときの下顎の位置です。ちょうど下図のような感じになります。

 

William McHorris  Centric Relation: Defined より引用

 

米国補綴専門医が中心位を、全顎補綴をする場合の基準となる顎位として採用するのには、以下のような理由があります。

 

まず一つ目は、「治療期間を通じて再現性があり、私たちがいつでも参照できるから」です。ここでのポイントは「治療期間を通じて」という所です。私たちは中心位を生涯不変のものとは考えていません。関節結節や下顎頭の形状が変化したり、関節円板になにかが起こったら、中心位は変化します。しかし、治療にかかる1〜2年ほどの間にそうそう急激な変化が起こるものでもありません。また、中心位において安定した咬合接触が獲得されていれば、その後の補綴物の咬耗や摩耗といった変化にも、生体の方が適応していってくれると考えています。

 

二点目として、「生理学的に許容可能で、解剖学的にも安定しているから」ということが挙げられます。私たちが硬いものを噛むときに、顎関節には強い力がかかります。このときに発生する強大なストレスを受け止めるのに、関節円板は非常に適した構造をしています。また、硬いもの噛むときに、私たちの下顎頭は中心位の位置をとるという報告があり、このときに、中心位と咬頭嵌合位があまりに離れていると、患者さんは咀嚼がしづらいと考えられます。

 

以前は中心位は「非生理的最後退位」であると考えられていました。それゆえ、未だに中心位は非生理的かつ、患者さんに不快感を与えると考えている歯科医師もたくさんいます。しかし、顎関節の構造や下顎運動への理解が深まるにつれ、中心位の定義は変化し、新たな中心位、「生理的後退位=前上方位」を基準としたフルマウスリハビリテーションは、米国で成果を挙げています。

 

歯科学の中でも補綴という分野は科学的エビデンスに乏しい分野であるといわれています。それはなぜかというと、患者さんごとにあまりに条件が異なり、一般化したデータがとれないからです。そのような厳しい状況の中でも、ビバリー・マッカラムに始まるナソロジーの臨床家や、それに続くPMSテクニックの臨床家はこの問題に科学の光をあて、100年あまりの時間を費やして、解剖学的・生理学的に許容可能な咬合理論を構築しました。これらの知のデータベースに触れず、自らの経験のみに則った臨床が正しいといえるのでしょうか。私たちはこれらの知識に触れ、理解し、そのうえでどのような問題があるのか、これから私たちがなにをすべきかを議論すべだと私は考えています。